僕はタイガー

ただの日記でしたが、2015年9月から娘ログになってしまいました。

私が好きなもの

私が好きなもの、それは夜の散歩です。夜の空気を感じながら誰かとする散歩がたまらなく好きです。

しんと静まった住宅街を歩くことが好きなのです。天気はできれば晴れているほうが良いですが、季節はいつでも構いません。春は暖かい空気に包まれて何かがはじまりそうでそわそわするような気持ちになります。夏は昼間の暴力的な熱気から解放された静けさの中で、自分が夜行性の生き物になったような気分になります。秋は夏の終わりとしばらく後に来る冬の訪れを感じる風に気持ちが少し物悲しくなります。冬は身が切れそうな寒さの中、熱を持った小動物が徘徊しているような気分になります。

思えば私が高校生まで過ごしていた地元は田舎すぎて、街灯もほとんどなく夜は真っ暗闇でした。散歩なんて、こわくてできません。危険な生き物や得体のしれない生き物に遭遇するかもしれない。そしてそんな暗闇でもし人間に出会ってしまったら。

私が夜の散歩を覚えたのは、大学進学のために上京してからです。宅飲みで酒が足りなくなり、買い出しに出かけたことが一番最初の夜の散歩かもしれません。酔いが回りぼーっとした頭で、コンビニまでの暗い道のりを歩く。その途中に見える景色が昼間とは全く違っていて、大人になりかけの自分はまた一つ知らない景色をて手に入れてわくわくしました。

大学生の頃は恋人だったり、友人だったり、研究室の同期だったり、いろいろな人と散歩をしました。今は結婚し子どもも生まれ、もう夜中に散歩することもなくなりました。子どもがもう少し大きくなって手が離れたら、また夜の散歩にでかけるのもいいな、そんな風に思います。

転職と人付き合い、いろいろ

久しぶりに、思ったことを少し書き留めてみる。

 

少し前に転職をし、同業他社の業界大手に入社した。一から人間関係を作りあげていくことへの不安、新しい仕事に対する楽しみ、働く環境や条件が良くなることへの期待。普段すました顔でオフィスで働いている私の中にいろんな感情がある。転職ってこうなのだ。

 

これまでに何度か転職をしてきたが、ありがたいことにどの会社にも転職して何年もたつのに現在でもお付き合いをしてくれる人が存在しており、何かの折に会って近況報告という名目で飲みに行っている。もちろん本人の近況報告もし合うのだが、話を聞いて一番面白いのが辞めた会社の動向と当時の同僚がどうなったかという話題だ。つらかった思い出の多かった会社の、会社の業績が悪いという話を聞くと心底辞めてよかったと安堵する。今でも着実に業績を伸ばし続けている会社は、やっぱりよい思い出が多かった会社で、当時のことを今でもたまに懐かしむことがある。

また、同僚が出世した、異動したという話はあの人がそうなったのかと単純に興味深い。

 

人と話すことでしか得られない何かがあるなと感じる。人で消耗することもたくさんあるが、人で充たされることもある。これからも私は人に会い続けると思う。

秋と同窓会

長いことブログを書いていなかった。転職して生活がせわしなく、心が書くことに向かなかった。それだけではなく、子どももある程度大きくなり、親が気がつくような急激な成長ではなく、目に見えないゆっくりとした精神的な成熟をしているせいもあり、書くネタがなかなか思いつかない。

子も小学生にもなると、お友達や周りの大人との関わりの中で、失敗を繰り返しながら少しずつ学んで成長していくのだろうと感じる。もう親が主導して子の成長を促すような手助けは不要のようだ。信じて見守る。それが一番難しい。

 

さて、私はというと、9月に空手の組手の初試合があり、年齢と習熟度別のクラスで優勝した。出場者が3人しかいなかったから2回勝てば優勝だったんだけど。それでも試合前のプレッシャーは半端なかったし、勝てたことは素直にうれしかった。

それから母校の学祭が4年ぶりのフル開催となり、約8年ぶりの母校訪問、そして卒業ぶりの部活の同窓会に参加してきた。これが本当に楽しかった。先生も引退されて研究室に知ってる人がほぼいなくなってしまったため、研究室の同期は誰も来てなかったが、部活の同期はかなりの人数で集まれた。地方組が4名、それぞれ家族を連れて来ており、ほぼ卒業ぶりに会っていない人たちの家庭の姿を見るのは新鮮だった。そして関東組も会おうと思えば会える距離にはいるが、それぞれ家庭がありなかなか会うことはなかった。そのメンバーで一軒家の民泊を借りて、一晩飲み明かすという趣旨の催しを行った。卒業ぶりに会った人もいるのに、一瞬で元に戻れるのはなぜなんだろう。皆本当に見た目も中身も変わってなかった。

懐かしい人たちと会って話したことで昔の自分を思い出し、自分は変な奴だったんだなと改めて思った。同期との関係性の中で、自分は頭のおかしい人間だったんだと再確認ができてなぜか安心した。昔のような変な自分はすごく気が楽だった。親になって自分が常識人でなければいけない、子どもの手本になれるような人にならなければと自分を追い込んでいたのだろう。変な人が普通の人に合わせるって、苦しいのが当たり前だったんだ。

さて、仕事の忙しさの合間をぬって年末までに人に会ったりしなければ。人に会って話をすることは私の中で優先順位が高い。大切な人との縁は細くてもなるべく繋げていきたいのである。