子を育て、自分をもう一度育てる
子育ては成長していく子どもと向き合いながら自分の人生をなぞっていくような感覚がある。うちは特に同性の親子だからか。このくらいの時はあれがいやだった、こんなこと言われてかなしかったなとかを思い出す時がある。親にされたいやなことを自分は子どもにしないようにしようと心に決めて、子どもに向き合う。私は娘に、娘はその子どもに。その連続なのかなと思う。
北海道の山林に7歳の男の子がしつけとして置き去りにされたニュースを見て、小さい頃ホームセンターに置き去りにされたことを思い出した。小学校に入る前くらい頃、父とホームセンターに行った。たぶん仕事で使うものを買いに行ったんだと思う。おもちゃが欲しいと私は父に言った。父は同じおもちゃを持ってるじゃないか、わがまま言うなと怒った。たしかに似てるけど同じおもちゃじゃなかった。全く同じおもちゃを2つも欲しいわけがない。でも欲しい、違うのと私は訴えた(つもり)。父は激怒し、私を置いて車に乗って家に帰ってしまった。私はホームセンターの隅にあるベンチの所で立ちつくし泣いた。しばらくして母があわてて迎えに来たらしいがこの記憶はない。駐車場にあるマンホールの上にしゃがんで泣いていた記憶がある。書いてたら悲しくなってきた。娘がわがままを言って腹が立ってしかたないときはこのことを思い出し、なるべく真摯に向き合おうと思う。怒らない自信はないが、少なくとも絶対に置き去りにはしない。置き去りにするフリはするかも。
生後8ヵ月娘メモ
生後8ヵ月になった娘。風邪をひきつつも、保育園が楽しそうでなにより。
つかまり立ちが進化した。一瞬手を離したりしている。自分でどこまでできるか試しているかのよう。つかまり立ちから座ることも覚えた。
離乳食の食べが全然良くない。アレルギーもあり、なかなか進まない。
おしゃべりをあまりしなくなった。語彙が減った。私に向けるまんまんまんまーが主な発語。大人しい時はだいたい細かいものをいじって遊んでいる。
どこにでもつかまる、ぶらさがろうとする、よじ登る。猿のよう。生まれながらのクライマーか。大きくなったらお母さんとボルダリングしようね。
生後2ヵ月頃から鏡を見せると大喜びしていたが、近頃は鏡の中の自分にちゅーしようとしている。実際はちゅーなのか、味を確かめようとしているのか不明。
うんちをしたら、微妙な顔でハイハイして寄ってくるようになった。おむつが不快ですと訴えているかのようでかわいい。
横たわる父や母の体の上にこてんと頭を置いてくつろぐ。かわいい。
私については復職してそろそろ1ヶ月になるが、一日があっという間に過ぎていく。子どもと触れ合う時間が、朝起きてから保育園に行くまでと、保育園から帰ってきてから寝るまでの数時間になった。現金かもしれないが、子どもが余計にかわいく思える。子どもがかわいそうなのかもしれないという思いもあるけれど、一昨日風邪をひいて久しぶりに二人で一日家いたとき、少ししんどかった。ゆっくり一人でご飯を食べられる時間があるだけでも気持ちが全然違う。実家遠方の核家族の子育てはやはり少し無理があるのかもしれない。保育園の存在がとてもありがたい。